倉木麻衣がコナンでギネス!結婚や父親は?


http://news.ameba.jp/20170725-582/

7月25日に「同じアーティストにより歌われたアニメシリーズのテーマソング最多数」として
ギネス世界記録に認定され、東京・Guinness World Records Japan K.Kで行われた
認定証贈呈式に、コナンとともに出席しました。

倉木麻衣さんは「まさか、ギネス世界記録に認定されるとは…本当に驚いています」と
喜びをかみしめました。

2000年にリリースしたエンディングテーマ「Secret of my heart」から始まり、
その後、テレビ版劇場版問わず「名探偵コナン」の主題歌を歌い続け
今年の劇場版アニメ「名探偵コナン から紅の恋歌」の主題歌「渡月橋~君 想ふ~」で
21作目となり、記録を樹立しました。

10月には、これまで倉木麻衣さんが「名探偵コナン」とコラボした楽曲を
全て収録したベストアルバム「倉木麻衣×名探偵コナン COLLABORATION
BEST21―真実はいつも歌にある!」の発売も決定し、
「21曲もご一緒させていただいて早17年になろうとしているんですけど、
本当に皆さんと一緒に感動を共有できて本当にうれしい気持ちでいっぱいです」、
「本当に名探偵コナンからたくさん友情とパワーをいただいていますので、
引き続きご一緒させていただく際には全力で取り組んでいきたいなと思います」と
語りました。

倉木麻衣さんは結婚してるの?


http://www.flickr.com/photos/tonypure/229904091/

倉木麻衣さんは今年で35歳になりますので
結婚していてもおかしくない年齢です。

しかし色々と探ってみましたが
倉木麻衣さんが結婚したという情報はありませんでした。

じゃあ結婚はしてなくても彼氏ぐらい入るだろうと思い
探ってみたところ「24歳年上の会社役員」や「大物俳優S」というワードは出てきますが
どれもネット上の噂に過ぎず、何の確証も持てませんでした。

倉木麻衣さんはアイドル顔負けのルックスですし、
近い将来結婚報道があっても不思議ではありません。

しかしビーイング系のアーティストの情報は
活動情報以外はまず公にはならないので
結婚しても報道されない可能性があります。

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倉木麻衣さんの家族構成

両親と兄と倉木麻衣さんの4人家族でしたが、
倉木麻衣さんが幼い頃に両親は離婚し、
母子家庭で育ちました。

倉木麻衣さんの父親は?


http://profile.ameba.jp/ocean5o/

倉木麻衣さんの父親は山前五十洋さんという方で、
プロデューサーであり役者でもあるようです。

因みに役者としての芸名は富士八郎だそうです。

父親・山前五十洋さんのプロフィール

誕生日 1943年4月28日(72歳)
星座 おうし座
出身地 京都府京都市

父親・山前五十洋さんの経歴


https://ameblo.jp/ocean5o/entry-10392439388.html

京都下京区に生まれ、3歳時頃に父親の故郷、岐阜県飛騨高山近くの荘川村へ疎開している。小学校入学時は京都市東山に居住し、小学校5年生から新聞配達などを務める。厳格な父親は京都で出版社、印刷会社を経営する傍ら詩人としても活動し、比較的裕福な家庭で育つ。
2007年、日本映画テレビプロデューサー協会会員になる。
2010年4月28日、誕生日に芸能生活50周年イベントを行った。
現在は「セーラー服刑事」を代表作として主に映画監督として活動している。近作の「新・セーラー服刑事」4作で監督、撮影、編集を担当し、シリーズ最終作第5作は新・セーラー服刑事5:特別編「天使とおじいちゃん剣士」として山前が再び俳優・富士八郎として主演しており、上映とDVD販売を図っている。

父親・山前五十洋さんの義理の妹は?


https://www.pinterest.jp/pin/849139704713004639/

山前五十洋さんの義理の妹は
数々のドラマや映画で活躍されている女優の滝沢れい子さんでした。

父親との確執?

実は倉木麻衣さんの父・山前五十洋さんは
倉木麻衣が幼いときに離婚していたようで、
殆ど接点もなければ良い思い出もなかったようです。

しかし倉木麻衣さんがブレイクすると
急に音信不通だった父親が名乗りだし、
あろうことか倉木麻衣さんの幼少期の事を綴った本を勝手に出し、
その上、ホームビデオで撮影した幼少時代の映像を
倉木麻衣さんの所属事務所に高値で売りつけたりと
父親とは思えない我田引水な行動をとっていました。

その結果、倉木麻衣さんと父親である山前五十洋さんは
現在絶縁状態であるようです。

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倉木麻衣さんのデビューまでの生い立ち

~デビューまでの生い立ち~
倉木が「歌うこと」に初めて興味を持ったのは、小学校6年生の時である。
当時倉木はピアノを習っていて、
漠然と音楽に関わる仕事をしたいと考えていた。

そのピアノのレッスンの中に音符を読みながら
歌っていくというものがあったのだが、
その歌を聴いた彼女の先生の「あなたはピアノより、歌が向いている」という言葉がきっかけとなり、歌の道に進みたいと考えはじめた。

中学生になると、マイケル・ジャクソンのビデオを見たことをきっかけに洋楽、中でも特に女性アーティストの作品を聴くようになる。その後、マライア・キャリー、ホイットニー・ヒューストン、ローリン・ヒルなどを聴くようになり、彼女らのようなシンガーになりたいと真剣に考えるようになり、デモテープを作成して色々な会社へ送り始める。

その頃、ビーイングを組織し後にKANONJIの名で倉木のプロデューサーとなる長戸大幸と出会う。長戸は倉木のデモテープを聴いて高校生になってからのデビューを提案し、それまでは英語の勉強や色々な経験を積み、デモテープを何本も作るべきだと助言する。

高校生になると長戸の紹介でGIZA studioのスタッフと出会い、ローリン・ヒルの「To Zion」のカバーを歌ったデモテープを送ったところ、デビューが決定する。

倉木麻衣さんのデビュー後

1999年(平成11年)、当時17歳でリリースしたデビューシングル「Love, Day After Tomorrow」がプロモーションとしてのTV出演もなく、更にはノンタイアップにも関わらず売上140万枚(オリコン調べ)の新人としては異例の大ヒットとなる。

さらに、デビューシングルが大ヒットしているさなかに発売された2ndシングル「Stay by my side」もノンタイアップながらオリコン初登場1位を記録し、自身3位のシングル売り上げ枚数となる。

続く3rdシングル「Secret of my heart」は初のタイアップがつきオリコン2位に初登場し出荷枚数にして100万枚を突破する記録的大ヒットとなった。

以降も継続的にヒットし、1stアルバム『delicious way』は売上350万枚以上(オリコン調べ)、出荷枚数にして400万枚を突破する
空前の大ヒットとなった。

以降、リリースしたシングルが全てオリコントップ10入りを記録中(2014年現在、40作連続オリコンTOP10入り)。2005年(平成17年)3月に立命館大学を卒業後は、音楽活動に専念。

2014年(平成26年)12月、単独ライブ公演回数は300回を突破する。現在までにCD総売上枚数1800万枚を記録している。台湾や中国でも人気があり、台湾のヒットチャートでも1位獲得をしているほか、台湾の人気歌手・孫燕姿とのコラボレーションもしている。

倉木麻衣さんのプロフィール


https://plaza.rakuten.co.jp/stephen1969/diary/2015…

名前 倉木麻衣

別名 Mai-K

誕生日 1982年10月28日

出身地 千葉県船橋市

学歴 立命館大学産業社会学部産業社会学科人間文化学系卒

ジャンル R&B、J-POP

職業 歌手

活動期間 1999年 –

レーベル Bip! Records(1999年) GIZA studio(1999年 – 2007年) 
NORTHERN MUSIC(2007年 – )

事務所 LOOP

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