猪狩ともか、現在は脊髄損傷で車いす生活に!接待やカップから出身高校や彼氏について調査!

皆さんこんにちは!

今回はアイドルグループの仮面女子スチームガールズのメンバーとして活躍している、
猪狩ともかさんについて色々と探っていきたいと思います。

猪狩ともかさんは2014年5月に芸能プロダクションのアリスプロジェクトに所属し、
アイドルグループのスチームガールズに加入し、
同年7月に卒業しました。

2015年9月から2017年2月にアイドルグループアレアガールズで活動した後、
2017年2月26日に仮面女子に加入しました。

大の野球好きで、高校野球からプロ野球まで応援し、
中でも埼玉西武ライオンズの大ファンで、
2017年9月8日に念願だったライオンズ戦の始球式を務め、
ソフトボール投げ?のようなアンダースローを披露し
ファンを喜ばせていました。

因みにこの時の始球式はライオンズで活躍し、
現在メジャーのサンディエゴ・パドレスに所属している牧田和久投手に
教えてもらったようです。

猪狩ともか プロフィールやカップは?

名前:猪狩ともか

生年月日:1991年12月9日(26歳)

出身地:埼玉県

身長:153cm

体重:非公表

スリーサイズ:B80 W59 H88

カップサイズ:Cカップ

ジャンル:アイドル、歌手

活動期間:2014年5月 –

活動内容:アイドル

事務所:アリスプロジェクト

猪狩ともか 脊髄損傷で車椅子生活

猪狩ともかさんがブログやツイッターで
『脊髄損傷による両下肢麻痺』により車椅子生活になることを公表しました。

猪狩ともかさんは4月11日に
東京都文京区湯島1丁目の湯島聖堂の敷地内にあった看板(木製の案内板)が強風により倒れて、
歩いていた猪狩ともかさんに直撃しました。

負傷した猪狩ともかさんは病院に搬送されて、
緊急手術を受けました。

術後はICUで絶対安静の状態でしたが、
同月19日には、ICU(集中治療室)からHCU(ハイケアユニット)に移ったことが明らかにされました。

芸能活動は当分休止を発表しましたが、
5月7日のtwitter上で、

・瞼裂傷
・頭部挫創
・脚・肋骨・胸椎・腰椎骨折
・脊髄損傷
・両下肢麻痺

などの大怪我を負ったことを綴り、
脊髄損傷の影響から両下肢麻痺で車椅子での生活を
余儀なくされることを公表しました。

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猪狩ともか 現在の状況を報告

猪狩ともかさんが強風で飛ばされた看板に直撃して、
大怪我を負い、脊椎損傷で両下肢麻痺になり車いす生活になることを公表しました。

この件に関して猪狩ともかさんがブログに綴っておられますので
そちらを紹介したいと思います。↓↓↓

大切な皆さまへ

お久しぶりです。
仮面女子の猪狩ともかです。

この度は沢山の方々にご心配をお掛けしてしまい、
大変申し訳ありません。

私は4/11(水)に強風で倒れた看板の
下敷きになってしまうという事故に遭いました。

その日は強風でした。

ニュースになるくらい日本の各地で
とても強い風が吹いていたそうです。

私はいつものように歩道を歩いていました。

突然強い風が吹き、
建物の大きな看板が倒れてくるのがわかりました。

看板があまりに大きすぎて
とっさに避けることはできませんでした。

気付けば看板の下敷きになっていました。

出せる精一杯の声を振り絞って
「助けて…!」と口にしました。

その時はとにかく苦しく、
早く楽になりたいという思いでした。

それからすぐのことだったと思います。

通行人の方が看板を持ち上げてくださって、
救急車に運ばれました。

後から聞いたお話では、
看板は建物の敷地を飛び越え
歩道全体に覆いかぶさっていた状況だったそうです。

それから緊急手術を受け、
ICU(集中治療室)に入院しました。

その後、HCU(高度治療室)を経て
現在は一般病棟に入院中です。

主に負った怪我は、

・瞼裂傷
・頭部挫創
・骨折(脚、肋骨、胸椎、腰椎)
そして、
・脊髄損傷
その影響で両下肢麻痺。

私は歩くことはもちろん、
自分の力で脚を動かすことすら
できなくなってしまいました。

治る可能性は極めて低く、
今後、車椅子での生活を余儀なくされました。

体調・怪我は徐々に良くなり、
今は自立した車椅子生活を送れるよう
毎日リハビリに励んでいます。

退院は今から約3ヶ月後の予定です。

ずっと心配してくださっている皆さんにまずは早く
「私、大丈夫だよ!」って言いたくて
もどかしい日々が続きました。

でも私自身、状況を把握・受け入れるのに
相当な時間が掛かりました。

なんて伝えたらいいんだろう?

私も時間をかけて受け入れたのに、
いきなり【脊髄損傷】という事実を文字にして伝えたとき、
応援してくださっている皆さんに
更に悲しい思いをさせてしまうんじゃないか…。

自分自身が受け入れることに時間がかかったこと、
ファンの皆さんに何とお伝えしたらいいか分からなかったこと、
そんなことを考えていると、
なかなか文章にまとめることができず、
ご報告が遅くなってしまいました。

ごめんなさい。

きっと私自身、これから両下肢麻痺と付き合っていく生活について、
知らないことがまだ沢山あると思います。

主治医から私への説明は、
「脚の感覚が戻るのには個人差があるので何とも言えません。
とにかくリハビリを頑張ってね。」
とのことでした。

脊髄損傷について無知な私は、

「数ヶ月で治るのかな?」
「復帰のステージは笑顔でファンの皆さんに会いたい!」
「また始球式をやらせて頂ける機会があったら次こそノーバウンドで!」
なんて、ベッドの上で考えていました。

私には【脚が動かない】という未来が
見えていなかったんです。

手術から数日後、父と姉と話しました。

姉「治ったら一緒にメットライフドーム行こうね!」
父「お父さんは甲子園も一緒に行きたいな。」
私「また始球式があるとしたらそれまでに治るかな!?」
父「車椅子でも投げられるんじゃないかな?」
私「えー、嫌だよ。治して投げる!」
父「…まぁ今はリハビリを頑張ろう。」

精神科医とも色々お話をしました。

突然 脊髄損傷で脚が動かなくなった患者に対しては、
主治医と共に精神科医もつくそうです。

きっと家族や事務所、
病院の先生方は私がショックを受けないように
細心の注意を払ってくれていたと思います。

周りの反応や発言でだんだんと自分が思っているのと違うと感じたのは、
HCUに移ってからのことでした。

その日は母と兄が面会時に来ていました。

本当のことを知ったら私は
深くショックを受けるかもしれない。

でも覚悟を決めて質問をしました。

私「脚は治らない可能性の方が高いの?」
母「……うん。」
私「私に隠してた?」
兄「今はまず生きていく為に体調を戻さないとだから。」
私「そっか。」
母「でも先生はリハビリを頑張れば奇跡的に脚が動くこともあるって言ってたよ。それを信じて頑張ろう。」

私は歌も踊りも特別上手くはないけど、
ステージに立ってライブをして楽しんでくださる皆さんの笑顔を見ると、またそれで自分が笑顔になって…

ファンの皆さんのおかげで“アイドルの猪狩ともか”でいることができる。

そんな時間が大好きです。

だからもちろん【ステージ復帰】を目指していました。

でもこの事実を知って…
“歌って踊らなくなる時 = 卒業”
としか考えたことがなかった私は、
踊れない猪狩ともかを想像することができなくて。

そんな状態の私に需要はあるのか。
いったい何ができるのか。

絶望しました。

事故に遭うまでこの先ずっと普通に歩けると思っていたし、
踊れると思っていました。

急に脚が自由に動かせない、
自分のものじゃなくなったような
感覚になると思ってもいませんでした。

でも不思議と
“仮面女子としての活動を辞める”
という考えに至ったことは
1度もありませんでした。

今後どうしたいか考えたときに
“車椅子の猪狩ともか”としての活動を
自然と想像している自分がいました。

そう思わせてくれたのは
支えてくれる周りの全ての人でした。

「車椅子に乗っていたって人を幸せにしたり喜ばせたり、
誰かの希望になることは出来るよ。」

「ともちゃんは人を楽しませる、
幸せにすることのできる子だから、
どんな形であってもそれを続けてくれたら嬉しい。」
という家族の言葉。

「車椅子に乗って色んな場所行こうね!
いっぱい遊ぼう!おばあちゃんになっても!!」
という友達からの言葉。

「その明るさで周りのリハビリ頑張っている
皆さんのことも明るくしてください。
みんなの光になってください。」
という先生の言葉。

「スタッフ全員、猪狩ともかと共にずっと活動していくって気持ちでいるよ。
猪狩のやりたいことを叶えたいから何でも言ってね。」
という事務所からの言葉。

「どれだけ時間がかかっても待ってるから。
いつでも戻ってこれるようにライブ盛り上げてステージ守るからね!」
というメンバーからの言葉。

そしてファンの皆さん。

劇場で黄色サイリウムや横断幕を掲げてくれて、
回復祈願をしてくれたこと。

心を込めて千羽鶴(1209羽)を折ってくれたこと。

皆さんが一羽一羽心を込めて折ってくださったのと同じように、
私もベッドの上で一羽一羽数えました。

#いがともちゃんがんばれ
という応援ツイートも見れる限り読ませて頂きました。

きっとハッシュタグがついていなくても
心配や応援してくださる声が、
たくさんあったと思います。

お手紙もたくさん受け取りました。

皆さんの温かさに何度も救われました。

夜にひとりで不安になったとき、
皆さんの言葉が本当に救いでした。

皆さんの気持ちは確実に私に届いています。
心からありがとうございます。

私が大切な節目によく言う言葉、
【希望の光になりたい。】

こうなってしまった今も
この気持ちは変わりません。

脚が動かなくなっても、
車椅子に乗りながらやりたいことはたくさんあります。

仮面女子の曲を作詞したいです。

ラジオや講演、司会など、
お話する仕事をしたいです。

生きている限り埼玉西武ライオンズの応援をし続けていきたい、
野球のお仕事をしたいです。

今回の事故を自分自身のために残すため、
手記を本にしたいです。

挙げればキリがありません。

今までとは方向性は変わるけど、
何かを発信していきたいという気持ちは何ひとつ変わりません。

そして最終的にはやっぱり、
これは“神様の存在”とか“奇跡”という言葉になってしまいますが、
脚が元通り動くようになって【アイドルとしてステージで踊りたい】です。

幸せなことに、待ってくれている人たちがたくさんいます。
このことが私の最大の励みになっています。
時間はかかるかもしれません。
元通りは無理かもしれません。
でも必ず笑顔で「久しぶり!」って
元気な姿で皆さんに会いたいです。

事故があったあの日、
まさか自分がこんな目に合うとは思っていなかったです。

家族も友達も、事務所のスタッフも、メンバーも、ファンの皆さんも、
誰も思っていなかったでしょう。

あの日、たまたまあの時間に歩道を歩き、
たまたま私が大きな看板の前を差し掛かったときに特別強い風が吹き、
看板の下敷きになりました。

もし、看板の前に到着する前に、
靴ヒモがほどけて直していたり、
誰かから電話が鳴って歩みを止めてお話したり、
喉が乾いて自動販売機で飲み物を買ったり、
わずか数秒でも手前で何かをしていたら
私は事故には遭っていませんでした。

もし、なんてことはないのは分かっているけれど、
色んな偶然が重なって私の両脚は動かなくなってしまいました。

でも、命が助かりました。
目撃者のお話によると現場は酷い状況で、
命が助かっただけでも有難い状況だったそうです。

私は生きています。

このことだけは何にも代えることのできない
神様からのプレゼントだと思っています。

その分試練も与えられたけど、
きっと越えられない試練は与えないはず。

よく、ドラマや映画で「明日何があるか分からない、
今を大切にしよう。」という言葉を聞きます。

今までその言葉を大切にしてきたつもりではあったけど、
改めて本当にその通りだと思います。

だからこれからどんなことがあっても、
向日葵のように上を向いて楽しくて幸せな人生を歩んでいく。
そして毎日を丁寧に大切に生きていきたい。

私は前を向いています。
もう心配しないでね。

これからも猪狩ともかを見守ってください。
そして一緒に歩んでいければ嬉しいです。

この先もずっと、よろしくお願いします。

仮面女子 猪狩ともか

猪狩ともか 出身高校や大学は?

猪狩ともかさんの出身高校や大学について
調査していきたいと思います。

調査した結果・・・
出身高校は公表されていませんので、
分かりませんでした。

また大学へは進学せず、
管理栄養系?の専門学校へ進学し、
国家資格でもある管理栄養士の資格を持っています。

しかし卒業後はその道へは進まず、
夢であったアイドルを目指すことになりました。

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猪狩ともか 接待をしていた?

猪狩ともかさんについて調べていると、
『接待』というキーワードが挙がっていました。

猪狩ともかさんは23歳で芸能界入りし、
25歳で仮面女子に加入しました。

アイドルとしては高齢な上、
短期間での出世だったので、
一部のファンなどからは『接待』『枕』といった噂が出回っていました。

この背景には猪狩ともかさんらがメンバーである仮面女子などが所属する、
アリスプロジェクトに問題があるようです。

前からアリスプロジェクトに所属しているアイドルは
『接待』『枕営業』を行っていると言われており、
また事務所社長のお気に入りメンバーは
事務所がある麻布十番近くのマンションを
借りてもらっていると噂されています。

噂の真偽については分かりませんが、
ネット上ではあまり良い評判は聞きません。

このことから猪狩ともかさんも『接待』『枕営業』をしているのでは?
と噂されてしまったようです。

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猪狩ともか 熱愛中の彼氏は誰?

ファンなら誰しも気になるのが、
自分が推しているアイドルに
熱愛中の彼氏がいるのかどうかです。

猪狩ともかさんが現在熱愛中である彼氏について
色々と探ってみました。

調査の結果、
今のところ猪狩ともかさんに熱愛中の彼氏がいるという報道や目撃情報は、
上がっていませんでした。

23歳で芸能界入りしましたので、
過去に彼氏がいた可能性は十分ありますが、
現在はいないとみて大丈夫だと思います。

まぁバレていないだけで彼氏がいるかもしれませんが・・・

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まとめ

今回は猪狩ともかさんについて色々と探っていきましたが、
看板直撃により脊髄損傷の大けがを負い、
両下肢麻痺になってしまい、
車いす生活を余儀なくされました。

アイドルを目指し、
23歳で芸能界入りを果たし、
25歳という年齢で
仮面女子に加入するという苦労人でした。

夢が叶い、これからという時に
人生を揺るがす大きなけがを負ってしまいました。

26歳という若さで両下肢麻痺になることは
想像を絶する辛い出来事だと思います。

猪狩ともかさんには是非頑張ってもらいたいですし、
また将来的には再生医療などにより、
現在では治らないと言われている病気やケガも
治ってしまうような時代が来ると思いますので、
悲観しないで希望を胸に
前を向いていてほしいですよね。

猪狩ともかさんの治癒と復帰を
心から願いたいと思います。

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